2009年9月3日木曜日

今週のマスト・バイ:壁の本

高山植物だけとか、富士山だけとか、スナックのママさんだけとか、世の中にはいろんな「それだけ」を撮り続ける写真家がいますが、これは「壁」だけを撮り続けている杉浦貴美子さんという若手写真家の作品集。
このひとはとにかく壁、それも年月が染みついた壁というものに、激しく惹かれるようで、カメラでそのディテールを切り取る作業を、ひたすら続けてきました。その記録を集めたウェブサイトは、ほとんど抽象画のパターン集の様相を呈していますが(http://www.heuit.com/)、こうして印刷されてみると、「切り取るという作業によって、壁がなにか別のもの——作品と呼び替えてもいいかもしれませんが——に変容すること」、つまり目の前の事物を「切り取る」という作業が、そのままアーティスティックな行為になりうることが、よくわかります。
僕も壁のディテールは大好きで、似たような写真をよく撮っているのですが(もちろん、彼女のエネルギーにはとうていかないませんが)、デジカメの時代になって、こういう作業はますます純粋さの強度が増してきたと思います。
フィルムで撮影しているときは、「切り取る」ことが、気分的に、まだひとつの作品をつくるという行為に直結していましたが、デジカメになってみると、もはや「撮影」というよりも、それは目の前にあるなにかを記録保存する気持ちに傾いてきます。デジカメは、もうカメラというより、スキャナーなんですね。


うしろのほうに、壁の撮影方法が書いてあって、そのなかに「最初はズームレンズを使っていたが、いまは単焦点レンズなので、自分が近づいたり離れたりする」という一節がありました。これ、実はすごく大切なことです。僕もよく初心者へのアドバイスとして、ズームは使うなと教えますが、自分が動くこと、たとえばもっと寄りたかったら、自分が近づくこと。遠くからズームで楽しないこと。それが、ブツでありヒトであり、撮影ではほんとうに重要です。



この本を読んで、壁に興味をかきたてられたひとには、古本屋でこれも探すといいかもしれません。『日本の壁』。駸々堂という京都の出版社から1982年に発行された、定価2万円なりの立派なハードカバーですが(このころは京都にも立派な出版社が、たくさんありましたねー)、とにかく壁好き、特に日本の伝統的な壁の、あのなんともいえない美しさを愛するひとならば、まずゲットしておくべき定本でしょう。